
契約書にサインをする。
今回の滞在制作に関する契約書が用意されており、開催時期のこと、日当のこと、制作費のことなどが書かれた書面にサインをした。その場で、約6万円分がインドネシアのお金で支払われた。このお金は、30日分の日当が一括で支払われたものらしい。日本円で500円くらいの価値がある紙幣で6万円分支払われたので、おそらく120枚紙幣を受け取ったと思われるが、細かく確認することはしなかった。今回の報酬はこの6万円ということだ。普通のサラリーマンからすれば驚くべき安さだろう。これは、インドネシアだから安いというわけではない。日本でも同じだ。珍しいことではない。むしろ、展示に参加してもお金がもらえない場合のほうが、圧倒的に多いので、ありがたいとさえ思う。
仕事をつくる力が欲しい。
今まで僕が参加してきた展覧会では、契約書が用意されていることはほぼなかった。あったとしても、あまり意味があったとは思えない。契約というのは、どんな場合もお金が少なからず関わっているからだ。お金が発生しないのであれば、契約を結ぶ意味も無いし、むしろ問題が出てくる。報酬が無ければ労働契約は結べないのは当たり前だからだ12。
僕の場合は、貰う額の数倍の手出しをし続けるだけでなく、参加する展覧会の他に売るためのルートを全く持っていないために、展示すればするほど貧しくなる。100万円でつくったものを、20万円で売っているようなものだが、それでも売れない。「おい、それは、単に人気がないだけではないか。辞めてしまえ。」と思われるかもしれないが、それは、その通りだ。これは、おそらく問題だとは思うが、稼ぐ力が限りなくゼロな為、どうしてよいか分からない。インドネシアのコレクティブは、このような問題を解決するために協力してお金を稼いでいるため、理想的な形だと思う3。権利の主張ばかりでなく、自ら稼ぐ力を持ちたい。
アーティスト・イン・レジデンスでのお金の使い道
いつものように、展覧会で貰うお金は、その展示の為に全額使い倒して終わるつもりでいる。前々から思っているが、コミュニケーションの中で一番簡単なのは、お金を払うことだ。僕は、普段余分に使えるお金をあまり持っていないので、余暇なんてものが何のためにあるのか、未だによく分からないが、常連という響きには憧れがある。常連となるためのお金の使い方は、単に浪費するよりも賢いお金の使い方だと僕でも分かる。僕はインドネシア語ができないので、同じお店にしつこく通い、まずは顔を覚えてもらいたいと考えている。だから、アーティスト・イン・レジデンスで最初にやるべきことは、お気に入りの店を探すことだ。その後は、タイミングを見て、予算を使い果たす。それが、僕のいつものやり方で、今回の滞在の目標でもある。そうしている内に出会いが生まれ、創作活動に繋がるヒントが生まれてくる。だから、滞在型の制作では、日々の生活費と、制作費はほとんど同じ意味を持っている。
インドネシアのスマートフォン
約120枚の紙幣を受け取り、若干お金持ちになった気分だが、インドネシアでもスマートフォンで決済をするサービスが進んでおり、紙幣は伝統的なマーケットや屋台でしか使わないと言っていた。そうすると、この大量の紙幣は、どうやって使いきれば良いのか全く想像できないが、どうしたものか。スマートフォンでの決済は、インドネシアの銀行口座や電話番号が必要なようだったから、僕が決済アプリを使うのはやや難しそうだった。支払い方法を現金に設定してUberのようなデリバリーサービスを使うことはできるようだったが、言葉ができないので、だいぶ難しそうだ。
お金に関する技術は、ここ数年でものすごく発達しているが、いつの日か、どこにいても自国で買い物するのと同じ感覚で支払いできる時が来るのだろう。そうなれば、お金とスマートフォンが世界をもっと近づけるのだろうと思った。
契約時に、SIMカードについても対応してくれた。僕はアンドロイドのSIMフリー端末を持って行っていたが、インドネシアのSIMカードが使えなかったのだ。インドネシアでは、スマートフォンの個体番号を政府に登録しないとインターネットが開通できないそうだ。空港到着時に、スマートフォンの登録をするコーナーがあったが、結構高いのと、90日以内の滞在であれば、登録不要というアナウンスもあったので、登録しなかった。結局、僕のスマートフォンではSIMを使うことができず、ビエンナーレの運営チームの人から余っているスマートフォンを滞在中借りることになった。
これで、最も大事なツールであるお金とスマホが用意できた。現代の異国でのコミュニケーションは、お金とケータイが何よりも大事だ。あとは、これからどんな出会いがあるかにかかっている。
- 最も権威のある展覧会である、ベネチアビエンナーレでさえ、予算や報酬について問題になった。(ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の金銭的課題。日本のアートシーンが国際的に存在感を示すために必要なこととは?) ↩︎
- 韓国では、芸術家の社会的地位を保証する法律や制度が多数ある。最低限度の生活や身分が保証されている。上記の注釈1では、日本の最高峰の作家について書かれているものだが、最底辺の作家については誰も気にしていない。韓国とは大きな違いがあるように思う。(art for all「アーティスト報酬ガイドライン」の制定のために。韓国の文化政策から学ぶ) ↩︎
- ルアンルパというコレクティブでは、コミュニティ内に教育、ビジネス、アートの三部門を設けエコシステムをつくろうとしている。(地域社会との接点を広げ、他者と生き抜く。ルアンルパインタビュー) ↩︎