Day3-4.「契約書とお金とスマートフォンの壁」

契約書
 契約書にサインをする。

 今回の滞在に関する契約書が用意されていた。開催時期のこと、日当のこと、制作費のことなどが書かれた書面にサインをする。その場で、約6万円分がインドネシアのお金で支払われた。このお金は、30日分の日当が一括で支払われたものらしい。日本円で500円くらいの価値がある紙幣で6万円分支払われたので、おそらく120枚の紙幣を受け取ったと思われるが、細かく確認することはしなかった。今回の報酬はこの6万円ということになる。普通のサラリーマンからすれば驚くべき安さだろう。これは、インドネシアだから安いというわけではない。日本でも同じだ。珍しいことではない。むしろ、展示に参加してもお金がもらえない場合のほうが圧倒的に多いので、ありがたいとさえ思う。

 仕事をつくる力が欲しい。

 今まで僕が参加してきた展覧会では、契約書が用意されていることはほぼない。あったとしても、あまり意味があったとは思えない。契約というのは、どんな場合もお金が少なからず関わっているからだ。お金が発生しないのであれば、契約を結ぶ意味も無いし、むしろ問題が出てくる。報酬が無ければ労働契約は結べないのは当たり前だからだ12。通常、契約により義務を与える場合、お金等の対価を得ることができるというのは、いつもセットだ3

 僕の場合は、お金をもらったとしても、もらった額の数十倍の手出しをしてきているので、常にマイナスだ。また、作品を販売するルートも全く持っていないため、展示すればするほど貧しくなる。100万円でつくったものを、数万円で売っているようなものだが、それでも売れない。「おい、それは、単に人気がないだけではないか。辞めてしまえ。」と思われるかもしれないが、それは、その通りだ。おそらく僕の生き方には問題があるが、稼ぐ力が限りなくゼロなため、どうしてよいか分からない。インドネシアのコレクティブは、このような問題を解決するために協力してお金を稼いでいる。理想的な形だと思う4。権利の主張ばかりでなく、自ら稼ぐ力を持ちたい。

 アーティスト・イン・レジデンスでのお金の使い道

 今回のお金も、全額制作のために使い倒して終わるつもりでいる。前々から思っているが、コミュニケーションの中で一番簡単なのは、お金を使うことだ。僕は、余分に使えるお金を持っていないので、余暇が何のためにあるのか、未だによく分からない。しかし、常連という響きには憧れがある。常連になるためのお金の使い方は、単に余暇で浪費するよりも賢いお金の使い方だと思うからだ。

 僕はインドネシア語ができないので、同じお店にしつこく通い、まずは誰かに顔を覚えてもらい、どこかの常連になりたいと考えている。アーティスト・イン・レジデンスで最初にやるべきことは、お気に入りの店を探すことだ。それが、僕のいつものやり方で、そういうことにお金を使いたい。この活動が出会いを生み、創作活動に繋がるヒントが生まれてくるはずだからだ。僕にとって、滞在型の制作では、日々の生活費と制作費はほとんど同じ意味を持っている。

決済サービスの壁

 約120枚もの紙幣を受け取りお金持ちになった気分だが、インドネシアでもスマートフォンでの決済サービスが進んでおり、紙幣はあまり使わないと言われた。では、この大量の紙幣をどうやって使いきれば良いのだろうか。全く想像できない。スマートフォンでの決済は、インドネシアの銀行口座や電話番号が必要で、僕が決済アプリを使うのはやや難しそうだった。支払い方法を現金に設定してUberのようなデリバリーサービスを使うことはできるようだが、言葉ができないので難しそうだ。

 お金に関する技術は、ここ数年でものすごく発達しているが、いつの日か、どこにいても自国で買い物するのと同じ感覚で支払いできる時が来るのだろう。そうなれば、お金とスマートフォンが世界をもっと近づけるのだろうと思った。

インドネシアのスマートフォン

 契約書にサインした後、SIMカードについても対応してくれた。僕のスマートフォンで、インドネシアのSIMカードが使えなかったのだ。インドネシアでは、スマートフォンの個体番号を政府に登録しないとインターネットが開通できない。空港到着時に、スマートフォンの登録をするコーナーがあったが、90日以内の滞在であれば、登録不要というアナウンスもあったので登録しなかった。結局、僕のスマートフォンではSIMを使うことができず、ビエンナーレの運営チームの人から余っているスマートフォンを借りることになった。

 これで、最も大事なツールである、お金とスマホが用意できた。今は、異国でのコミュニケーションにお金とケータイが何よりも大事だ。あとは、これからどんな出会いがあるかにかかっている。


  1. 最も権威のある展覧会である、ベネチアビエンナーレでさえ、予算や報酬について問題になった。
    参考:(ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の金銭的課題。日本のアートシーンが国際的に存在感を示すために必要なこととは?) ↩︎
  2. 韓国では、芸術家の社会的地位を保証する法律や制度が多数ある。最低限度の生活や身分が保証されている。上記の注釈[1]の参考URLは、日本で最高峰の作家について書かれているものだが、最底辺の作家については誰も気にしていない。韓国とは大きな違いがあるように思う。
    参考:(art for all「アーティスト報酬ガイドライン」の制定のために。韓国の文化政策から学ぶ) ↩︎
  3. 宗教上の契約でも、戒律を守り信仰するという義務を果たすことで、極楽や天国に行けるような対価が発生している。神との契約というフレーズは、キリスト教、ユダヤ教で使われるが、他宗教でも、似た構造があると考える。 ↩︎
  4. ルアンルパというコレクティブでは、コミュニティ内に教育、ビジネス、アートの三部門を設けエコシステムをつくろうとしている。
    参考:(地域社会との接点を広げ、他者と生き抜く。ルアンルパインタビュー) ↩︎