SERBUK KAYUのメンバーがスラバヤに帰って行くのを見送り、Prewanganのスタジオに戻ってきた。いよいよレジデンスが始まったなという気持ちになる。不安な気持ちもあるが、これからどんなことができるのか楽しみだ。
初めてサルーを着る
スタジオで歓談が始まった。英語を話す人が少ないので、ほとんど何の話をしているのか分からなかったが、しばらくすると、Prewanganメンバーの一人がサルー1というイスラム教の男性が身に着ける布を僕に渡してきて、着け方を教えてくれた。到着早々の嬉しいサプライズだった。サルーは、布を円筒上に縫った簡単なもので、身に着けるとスカートのようになる。広げると約1.5メートルくらいだが、それを折りたたみ腰に巻き付けた後、余った布を下に巻いていくことで腰に固定する。イスラム教の男性の正装で、礼拝の時などに身に着けられるそうだ。三種類の巻き方を教えてもらったが、どれも難しくて苦戦していたので、その様子を見て皆は笑っていた。笑っていたのは、僕が下手だと言うだけではなく、ノーパンでやっていたからということもある。サルーの下には、アンダーウェアを身に着けるべきか尋ねると、どちらでも良いと言われたので、これは脱ぐべきなんだろうと考えてパンツを脱いでいたのだ。サルーをしっかりと固定できないものだから、丸見えになりそうで危なくて笑われていた。後になって、アンダーウェアやハーフパンツなども身に着けたままで良いことが分かり、屋外で脱げると大変なので下は履くことにした。サルーは一見、一枚の布でできているように見えるし、前後などが無いように見えるが、実は方向がある。一部違う模様の布が細く入っている箇所があり、それが後ろに来るようにして巻くのが正しいそうだ。

サルーの着方をなぜ教えてくれていたのか、最初のうちは分かっていなかったのだが、この日ソラワタン2というイスラム教の祭りがあるということが話を聞いているうちにだんだん分かってきた。イスラム教の祭りだから、フォーマルな服装で行くべきだからだよと教えてくれた3。到着初日に祭りがあるとは僕はラッキーだ。みんなサルーを身に着け、夜道をバイクで出かけた。僕はPrewanganスタジオのリーダーであるインポーのバイクの後ろに乗せてもらう。
イスラム教の祭りに行く


しばらくバイクに乗っていると、真っ暗な夜道にリズミカルな音楽が大音量で聞こえてきた。会場に近づくにつれ、どんどん大きくなる。宗教の祭りだと聞いていたので、静かで厳かなものを想像していたが、かなり多くの人たちがいるし、さっきまで夜道だった細い道は、いつの間にか出店でいっぱいの明るい道になっていた。メインの会場になっている場所では、野外コンサートのような盛り上がりを見せていた。ステージではバンドが演奏しており、歌が歌われている。会場内には誰かの肖像が印刷されている大きな旗が何本も揺れていた。
会場の雰囲気をしばらく見たあと、出店で揚げ豆腐とトッポギのようなものを買って、道路脇に座って食べた。この時も、何の話をしているのか分からないことが多かったが、みんなよく笑うので楽しい雰囲気で見ていて楽しい。スパイシーフードは好きかとか、日本にも上げ豆腐はあるかなど、そんな話を少しした。インドネシアの人達は、よく輪になって座りこんで話をしていると聞いたことがあったが、ここのメンバー達もよく喋る。しばらくここでお喋りが続き、ようやくスタジオに帰ることになったようだった。メイン会場からは相変わらず大きな音楽が聞こえていた。
手で食べる
もうけっこう遅い時間だったし、これで解散だろうと思っていたが、スタジオに戻ると庭先で火を起こし始めた。今度は何が起こっているんだろうか。乾燥したトウモロコシの芯を燃料にして火を起こす。表面は簡単に火が付くし、すぐに燃え切ってしまうのではなく、芯の部分がちゃんと炭火のようになっていた。トウモロコシの芯を燃料にしているのを初めて見たが、着火剤としても炭としてもトウモロコシの芯は優れているようだ。日本でもバーベキュー用の燃料として採用されて良いのではないかとさえ思う。あっという間に火が安定して焚火になった。錆びついた鉄板の上で燃やし始めたので何を始めようとしているのか分からなかったが、火遊びが始まったわけでなく、魚を焼くための火だった。メンバーの一人が、冷凍された魚を持ってきて、中身を見せてくれた。見たことがない形の魚が入っていた。ニンニクやスパイスを小さくカットし、醤油のようなソースを足して魚に付けるソースをつくって食べた。ずっと流れに身を任せていたから、自分でも気が付かなかったのだが、みんな手で食べていたし、僕も手で食べていた。こちらに来て初めて手で食べた食事となった。
遅くまで庭でお喋りをして、みんなそれぞれの自宅に帰っていった。何時になっていただろう。おそらく一時は回っていたと思う。今日は、スラバヤからここまで移動し、祭りまで参加。いろいろあり過ぎて、数日詰め込んだような一日だった。知らないスタジオに一人残された僕は、心細くなったが、あまりの疲れに、いつの間にか寝ていた。
- サルー(Sarung)は、日本ではサロンやサルンと表記されている場合が多い。また、一部でサルーンという表記もあった。僕の耳では現地の発音はサル―と聞こえたため、そのままサル―という表記にする。日本語の表記の違いは、英語のSarongとインドネシア語のSarungの発音の違いによるもの。
参考:岡山朋子著「アジアの民族衣装サルーン」 ↩︎ - アラビア語のSalawat(サラワット)から来ている言葉のようだ。これはsalah(サラー)の複数形で祈りという意味がある。複数形になるとムハンマドへの祈りや賛美などの歌のことを指す。これのインドネシア語がSholawat(ショラワット)。ジャワ語がSelawatan(スラワタン)だということが後で分かった。僕のメモではソラワタンとしていたため、記事ではメモのままにしている。11月には他に、ムハンマドの誕生を祝うMaulid Nabi(マウリド・ナビ)という祭りがある。スラワタンは歌を歌う集まりという意味合いで使われており、時期的にもこの誕生祭と関連していたと思われる。sholawatで検索すると、スラワタンで歌われていた曲と似たものがたくさん出てくる。音楽のジャンルとしても認知されているようだ。
参考:Wikipedia(Salawat)
参考:Wikipedia(Mawlid) ↩︎ - サルー(Sarung)はアラビア語由来ではなく、包むという意味のマレー語やジャワ語が由来になっている可能性が高い。インドネシアのイスラム教ではサルーは正装として認められているが、アラブ諸国では正装ではない。アラブ諸国のフォーマルな服装は、トーブ(Thawb)と呼ばれる全身白のローブ状の衣服だ。
参考:Wikipedia(Thawb) ↩︎