Day11-3「ブラックマジック」

ジャワ島の握手

 午後20時。インポーが隣村のタタカンのコレクティブへ行くと言うので付いて行った。タタカンという伝統舞踊のチームがこの地域には各村にあるらしい。

 タタカンのコレクティブが集まっているのも、カフェの前だった。カフェの前にはくつろげる場所があり、僕たちが到着した時には20人くらいが楽しそうに話をしていた。カフェの前には座れるスペースが余っていなかったので、10名くらいで目の前にある運動場のような場所へ移動した。コレクティブのメンバーを紹介され握手。ジャワ島の握手は日本の握手とは違う。握手した後、手を胸に当てる動きをしなければならない1。僕もその動きを真似た。僕は、少し近づけたような気がしてくるので、作法を真似るのが好きだ。

こういう輪の中には、コーヒーとタバコがいつもある。
カピタヤンとイスラム教の共通点

 ジャワ島は90%近くの人がイスラム教だ2。しかし歴史的には、仏教やヒンドゥ教の王国があったり、カピタヤンKAPITAYAN3という土着宗教も信仰されてきた。カピタヤンは自然を信仰し、偶像ではなく海や木などを崇めていたが、今もイスラム教と融合しながら残されている4。タタカンは、このカピタヤンに由来するものだと思うとインポーは言っていた。タタカンのデザインは、日本の獅子舞と共通する点があるので、仏教や神道とも似ているのかもしれない5

 タタカンのメンバー達は、カピタヤンについても詳しいようだった。メンバーの中にはアラビア系イスラム教の学校の先生もおり、イスラム教とカピタヤンの共通点について教えてもらうことができた。

 まず偶像が無い点が挙げられた。確かに今日モスクへ行ったが、イスラム教には偶像がない。カピタヤンも無形のものを信仰している点は同じだ。カピタヤンは、自然信仰だったと知られている。そのため、多神教として信仰されていたのではないかと僕には思えたが、一神教だったため、イスラム教と融合しやすかったのだろうと先生は言っていた。イスラム教と融合していく過程で、多神教ではなく、1つの自然を神と設定し一神教へと変形させていったのかもしれないと、僕は思った6

 また、イスラム教とカピタヤンはどちらも太陰暦で祀り事が行われている。それも、イスラム教と結びつきやすかった理由だと言う。カピタヤンとイスラム教は同じだとまで先生は言った。信じ方はいろいろである。このようにして、カピタヤンとイスラム教を結びつける人々の想像力が、ジャワ島に特徴的な信仰を形成させてきたのだろう。

クリスの力

 ジャワ島の正月(旧正月)には、クリスという剣を洗う習慣がある7。日本でも大晦日には大掃除をするが、そのようなニュアンスがあるのかもしれない。いくつものクリスをタタカンのメンバーが持ってきてくれて、見せてくれた。装飾が施されていて、どれもよくできている。クリスはカピタヤン由来だと思うとインポーは言った。

 クリスには様々な機能が付加されている。ゴーストの力が剣の中に入っていると言っていたので、霊媒師のような力を持つ職人がクリスを作ってきたのだろう。金運や愛、力等の霊的な力を持つとされる複数のクリスが伝わっている。人を呪うためのクリスもあるようだ。クリスの力を使用するには、3日間のファイスティングが必要だ。この準備期間を終えることで、クリスの霊力を使えるようになるらしい。ファスティングと言っていたが、米だけは食べて良いらしいのでプチ断食のようなものかもしれない。また、準備期間の最後日は寝てはいけないそうだ。

猫を救った

 夜12時。インポーはタタカンのチームの人から、長いニョロニョロした木の棒を渡されていた。それをもらって帰る。23日にあるタタカンを披露する祭りで使うための素材なのかもしれないと僕は思った。僕は木の棒を受け取り、インポーが運転するバイクの後ろに乗った。

 僕たちは、ここまで来る道中で、国道の真ん中で車に轢かれそうになっている子猫を助けていた。バイクを止めて、国道の真ん中で泣いていた二匹の子猫を、危なくないところまで移動させていたのだ。「彼らは母をみつけたようだ」とインポーが言った。僕は、長い木の棒を持っていて、それがバイクに引っかからないように気を付けていたので、猫たちに気が付かなかったが、国道脇で暮らす猫の家族がとりあえず生き延びているようで良かった。

ブラックマジックのための木の棒

 スタジオのすぐ近くまで戻り、Prewanganプレワンアンのメンバーと出会った。いつものように、彼の家の庭先で座って話すことになる。それで、この長い木の棒は何なんだという話になった。

 インポーは、なぜこの木の棒を彼らがくれたのか分からないし、くれた理由も分からないと言う。それで、皆で笑った。ニョロニョロした形をしているから、クリスにできるんじゃないかと僕が言ったら、インポーは貧乏になる機能を入れて、役に立たないクリスにすると言った。使うときはファスティングもしなきゃと言うので、僕も正月には毎年掃除しないといけないね。と言った。タイトルはブラックマジックにすると言う。なぜだか泣くほど笑った。


  1. イスラム教なので、右手を使い握手をする。インドネシアでも他の島では違う作法があるようだ。参考:インドネシアは握手の仕方が超スマート! ↩︎
  2. インドネシア政府の公式統計機関による宗教別人口割合を見ると、イスラム教徒は年々増加傾向にあるようだ。ジャワ島は約97%がムスリム。
    参考:インドネシア統計局(BPS) ↩︎
  3. カピタヤン(Kapitayan) という旧石器時代からジャワ島にあったと考えられている自然信仰。目に見えない自然などを信仰の対象としている点で、日本のアニミズムに近いものだが、一神教という点で違うとされる。
    参考:Wikipedi(Kapitayan)  ↩︎
  4. これを、ケジャウエン(Kejawèn)と言う。しかしケジャウェンは、イスラム教伝来前からジャワに存在していた。昔ジャワにあったマジャパヒト王国はヒンドゥー教国家だったが、ジャワ島では、支配する国王によって支持する宗教が変わって来た歴史がある。そのため、イスラム教伝来時には、土着信仰であったカピタヤンと、仏教やヒンドゥー教が融合したケジャウェンがあったと考えられている。現在のジャワ島のイスラム教は、イスラム教に融合したカピタヤン、カピタヤン化したイスラム教で、宗教的・哲学的ジャワの伝統である、ケジャウェンとなっている。そのため、現在でも、ヒンドゥー教や仏教的な要素が、儀式や生活の中に見え隠れすることがある。
    参考:Wikipedia(Kejawèn) ↩︎
  5. 獅子舞の由来はインド説、中国説など所説あるようだが、日本の場合は、東大寺の大仏開眼会でお披露目されたことで全国に獅子舞と仏教が広がっていったことがきっかけになっているようだ。この時の獅子頭は今も正倉院で保管されており、宮内庁のウェブサイトで確認できる。その後、江戸時代に庶民の間でお伊勢参りが流行したことで、神楽と獅子舞が融合している。
    参考:宮内庁 ↩︎
  6. 学術的にも、カピタヤンは一神教だと言われている。 ↩︎
  7. クリスは、2005年にユネスコの無形文化遺産にも登録されている。カピタヤンやヒンズゥー教、イスラム教などと融合しながら、今でもクリスの霊的な機能が人々に信じられ残されている。クリスは、ジャワ島の信仰を象徴的に示している存在だと言える。
    参考:Jogja World Heritage(Kris) ↩︎