10時半頃起床。最近、寝るのが遅いので起きれない。すぐにインポーが来て、コーヒーショップへ。いくつかの話が聞けた。
hackteriaというチームについて聞いた。Prewanganでもワークショップを行ったようだ。彼らは、デジタルメディアを使用した知識の共有や普及を目指している組織のようで、いろいろなところで活動している。日本でもワークショップを行っていたようだ。詳しくはウェブサイトを見てもらいたい。以下には、Prewanganでの取り組みについて書かれたページ。TUAKとはお酒のことで、Prewanganのレジデンスプログラムの名前でもあるようだ。
https://www.hackteria.org/wiki/TUAK
それから、伝統的なワヤンクリットという影絵芝居について話した。ジャワやバリで見ることができるようだ。この芝居の上演には7、8時間かかる。Prewanganのメンバーには、この人形を動かす人形師もいるのだが、その彼にYouTubeのリンクをもらった。この映像は7時間近くあった。以下にリンクを載せておく。バリはヒンドゥ教なのだが、ここは、タピカヤン、仏教、ヒンドゥ、イスラム、という複数の宗教から影響を受けてきた歴史があったり、現在はイスラム教がほとんどのため、上演される演目もイスラム教に合うよう変化しているらしい。
https://www.youtube.com/watch?v=nCjeiHhO988
コーヒーショップで、今日は前にキャンセルになっていたイスラム教の学校へ19時から行くことになったことを聞いた。
19時。車に乗って1時間かかる場所まで移動。車内では昔のインドネシアの曲が流れている。僕は助手席で、後ろに3人。インポーが運転していた。何やら楽しそうに話している。車内では、70年代か80年代くらいのものと思われる昔のインドネシアの音楽が流れていた。日本の同時代の音とも、何となく似たものを感じた。皆時折歌っている。聴きながら、カラオケにはインドネシアの曲がたくさんあるのか聞いた。Prewanganは9回目の東ジャワビエンナーレに参加しており、その時にモバイルカラオケのような作品を制作している。グラフィティやパーティをするコレクティブ等、3つのコレクティブが共同で制作したと今日聞いていた。それで、カラオケについて聞いてみたのだった。そうすると以外な答えが返ってきた。カラオケにはネガティブなイメージがあるらしい。話の内容から推測するに、おそらくキャバクラのような店がインドネシアにあり、そこでは酒が振る舞われたり、女性が接待するような店らしい。そういう場所にカラオケも設置されているため、ネガティブに思われているようだ。彼らの作品では、街中に屋台のようなDJブースを用意し、リクエストに応えて音楽を流したりするものだったそうだ。街中の労働者がストレスを発散できるような仕組みを造ろうとしたんだと思う。
学校へ到着。車から降りると、生徒と思われる人達が数名で僕たちを撮影していた。いったい何のために撮影されていたのか、未だに良く分かっていないが、案内されるままに校内へ入っていく。立派なカメラが追っていた。構内は、かなり整っており、清潔に保たれていた。木造の屋根と床のタイルが美しく調和しており、ちょっとしたリゾートのような空間に通された。中庭のようになっており、壁側にはアラビア語の本がたくさん並んでいる。机の上には食べ物がたくさん置かれていた。しばらくすると、見るからに高級そうな黒い服を着た女性が生徒3人を引き連れて現れた。前ぶりなく日本語をしゃべり始める。一緒に来ていたインドネシア人のPrewanganスタジオのメンバー4人は、シーンとなった。きっと訳が分からず戸惑っている。僕も戸惑う。女性は、自分が校長であると自己紹介し、はっきりとした口調で日本語を喋り始めた。時々動詞の活用を間違えたりすることはあったが、意味は分かる。分からない単語があったりすると、隣に座っている生徒に時折、聞いたりして、再び日本語を話すことをトライしていた。この学校は、イスラム教についてなどを学ぶ寄宿学校であること、彼らは日本に行ってみたいこと、日本語を学んでいるということなどの説明があった。校長先生は、独学でテキストのみで学んでいるそうなので、かなり努力しているのではないかと思う。他にも中国語も勉強しており、英語もスラスラ話していた。いくつかの質問に数分答えた後、写真を撮りたいと言うので、集合写真を撮る。その後、校内にある校長の自宅でも一緒に写真を撮りたいと言うので、みんなで移動。映画のセットのような豪邸であった。他の家とのギャップがありすぎて可笑しくなってきたし、いったい何のための写真なんだろうと皆思ったはずである。デビ・スカルノ氏はこんなものではなかったのだろうなと、少し連想した。富が一か所に集中しているんだなと想像。日本語の能力を確認した後、彼女たちは自宅に戻っていった。
その後も、残された男性教諭と思われる人と、僕たちとで食事を頂いたり、話を聞いたりする。インドネシア語なので、何の話をしているのか分からないが、おそらくイスラム教の話をずっとしていた。ジャワのイスラム教は、いろいろな文化が混ざっているため、とても興味深く思っている。それは、おそらく彼らも同じで、いろいろな文化が複雑に絡んでいるため、神学校の先生に話を聞いてイスラム教について確認をしているんだろうなと思った。
・・・
全く分からない時間を3時間くらい過ごしただろうか。インドネシア語を学ぶべきなんだろうかとさえ思った。しかし、僕には全部はできない。英語も不十分だし、今は韓国語も習いに行ったりしている。今回の作品のプランや制作もしないといけないから、すぐには無理だなと思った。何事も腰を据えて、少なくとも数年は1つのことに集中して時間を使わなければ無理だ。特に僕は作品になるまでが遅いタイプなので、少なくとも1年前から準備しないと間に合わない。今回はすでに一年を切っているのだ。それに、物事に集中するためには、諦めも肝心である。僕は何にでも薄っぺらく全部に興味が行きがちな性質があるので、上手に諦めるというのは一番苦手だ。全部諦めれなくて、頭の中が整理がつかなくなり、ぐちゃぐちゃになった頃にようやく失敗作ができたりする。主に、それが僕がしてきた作品である…。
車に乗って一時間かけて帰宅。校長先生は、あまりにも煌びやかだし個性的だったが、自分で語学を学ぶ姿を積極的に寄宿生に見せており、きっと良い教育者なんだろうなと思った。am 2:30 就寝。
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