田舎の魚市場で買い物
日本食を振る舞おうと思い、魚を買いに連れていってもらった。バイクの後ろに乗ってしばらく行くと、野菜や魚、調味料など様々な食品を売っている鮮魚市場があった。市場の区画はけっこう広く、魚が山積みになっており、人もたくさん訪れていた。僕は刺身をつくりたいと思っているので、なるべく新鮮なものを手に入れたい。しかし、すでに新鮮ではないように見える魚もたくさんあるし、見たことがない形をした魚もあるので、刺身にできるのか不安だ。結局、鯵と鯖のような見た目の魚を2種類購入した。鯵は刺身にして、鯖は煮物にするつもりだ。調味料が砂糖しかスタジオに無いので、醤油と生姜、油も市場で購入した。いつもと違う調味料なので上手くできるか分からない。

初めて食べた生魚は気持ちが悪かったらしい

市場からスタジオに戻ると、昼間から何人かで酒を飲んでいた。せっかくなので、つまみを出してやろうと思い、台所で鯵を一匹分刺身にした。生姜を乗せて醤油をかけて味見。魚も新鮮で、ちゃんと刺身になっているし美味しい。これなら大丈夫だと思って刺身を持っていくと、みんな嫌がった。一人だけ食べてくれたが、最初の一人が気持ち悪がって窓から外に吐き出したのだ。インポーが刺身をリクエストしていたので深く考えていなかったが、生魚を食べる習慣が無いことに今になって気が付いた。漁師町だし、海はすぐそこにあるのに、生で魚を食べる習慣が無いのだ。本当は鯵を全て刺身にする予定だったが、これではメニューを変更しなければならない。
慣れない道具や調味料で調理する
アザーンが鳴り、皆帰っていた。僕は大量の魚を捌いて準備をする。台所にはシンクが無いため、外の水場で作業したが、大量のハエが何十匹も臭いを嗅ぎつけてやってきた。それから、目の前には鶏が何匹もやってきたので、魚の切り身を少し食べさせた。小さな果物ナイフのような包丁しかなく、切れ味も悪い。そのため、数時間かけて捌かなければならなかったが、鯵を20匹以上開きにし、大きな鯖は5匹を三枚おろしにした。

鯵は、刺身だと嫌がられそうだし、食べ残していると暑いのですぐ腐りそうだ。それで、サンジに卵と小麦粉を持ってきてもらって、天ぷらにすることにした。鯖はみりんと酒が無かったので、醤油煮のようなものにする。しかし、天つゆが無いので醤油と砂糖と魚を粉末にしたものを加えて、無理やり作った。けど、これは塩だけにしたほうがマシだったかもしれない。

不味い食事を披露するパーティ
スタジオの庭にたくさん人が集まってきて食事会になった。インポーがたくさん人を呼んでくれていたようだ。日本食が食べれると思ってみんな集まってきている。

庭にあるテーブルに食事を運び、最初に一口食べてみた。正直全然う美味くできていない!これは、やばい。普段は1、2匹でつくるので、こんなに大量につくったことが無く、調味料の加減が分からなかった。全ての食べ物の味が薄い。まったく思った味になっていない。こんなに人が集まってしまったのに、不味いものを披露することになるとは、かなり辛い気持ちになってきた。
そして、おそらく食べる側も辛かっただろう。不味いとも言えないし、大量にあるからだ。インポーは、インドネシアにも似た料理があると言ってフォローしてくれていたが、正直言って、今まで食べてきたインドネシア料理は全て絶品で、こんなに不味いものは無い。
アーティスト・イン・レジデンスなどで、お世話になった人達に食事を振る舞うことは、とても良いコミュニケーションになり得るが、調理を失敗すると心が折れるし悲惨なので、使い慣れた調味料を自国から持ってきておくことと、大人数分を一度につくる練習をしておくべきだ。みんな気を付けよう。
外国で困った経験
インボーが東京で展覧会があった時に、自転車を借りて移動していたらしいのだが、自転車をどこに置いて良いか分からず、車の駐車場に置いたことがあったという話をしてくれた。確かに、東京だと自転車を適当に置いたりできない。駐輪場に置かなければ違反になったり、持っていかれたりする場合もある。彼もそのことを知っていたので、駐輪場を探したが、駐輪場が無かったために、車の駐車場に止めたのだ。自転車も車の一種だから、駐車場でも問題が無いと思ったようだが、ダメだったそうだ。そのことを笑いながら話てくれた。
それで僕も、インドネシアで困ったことがあった話をした。滞在3日目のトイレの話だ。その時は、トイレに行った後にタバコを吸うというアドバイスをもらうのみで、結局今まで本当のやり方が分かっていないという話をした。それで、具体的にジェスチャーを交えながらトイレの使い方を教えてくれたので、ようやく、うんこの仕方についての疑問が解決した。おかしくて仕方がなかったため、涙が出るほど笑った。料理は失敗したが、最後は凄く楽しい夜になった。
トアック

トアックを誰かが持ってきてくれていた。気が付いたら僕に注いでくれていて僕のターンになっていた。ソボントロ村での飲み会は、一つのグラスを使い順番に飲むことになっているので、僕が飲み干さないと次の人が飲めないのだ。今日もけっこう飲んでしまっていて、だいぶ楽しくなっている。
トアックは前にも飲んだことがあるが、濁り酒のような感じの酒だ。パームの樹液を採取し、発酵させることでできている。酵母菌等を使わなくても、採取して放置しておくと数時間で発酵しトアックになるそうだ。以前、発酵する前のものを氷で冷やしたジュースを飲んだが、それはトアックほど白濁しておらず、もう少し透明だった。梅ジュースサワーのような爽やかな味だったが、トアックになると、かなり独特の風味でパンチが効きすぎているため、最初は腐ったものを飲んでいるかのように感じたことがある。このトアックを蒸留すれば、焼酎やウォッカのような味わいのアラックになる。
インドネシアが融合してきた宗教や文化
ムスリムは酒を禁止されているが、ソボントロ村の漁師達はイスラム教が伝来するより前から酒の文化を持っていたので、未だにその伝統が残っている。パームの樹液は、何もしなくてもすぐに酒になってしまうので、イスラム教が伝来した後も、酒文化が残るのは仕方がなかったことだろう。トアックは、環境に合わせて、宗教や伝統文化を融合させてきたインドネシアの歴史を象徴するものだと僕には思える。おそらく、この地を治めてきた仏教やヒンドゥー教王国時代から、トアックはこの地で親しまれていただろう。
トアックはどぶろく1のような酒のためアルコール度数は低い。そのため、トアックは酒ではないととぼけるムスリムもいる。しかし、トアックを蒸留してつくられるアラックのほうは、焼酎のような高度の酒だから、明らかに酒だ。蒸留技術は、イスラム文化の伝来とともにインドネシアに輸入されているため、酒から見るインドネシアの歴史や文化、それからインドネシアのイスラム教も面白そうだと思っている。
- どぶろくは清酒と同程度のアルコール度数になるものもあるようだ。日本のどぶろくは稲作と同時期から作られているという説もある。大昔からソボントロ村ではパームヤシが育っていると考えられるので、パームヤシの樹液を飲むようになって以降は、トアックもまた、大昔からずっと知られていたに違いない。
参考:Wikipedia(どぶろく) ↩︎